Chemin du Gastronome
Les gagnants du Prix Taittinger Japon
コンクール・テタンジェの覇者たち

【第2回・後半】 中宇祢 満也 シェフ

Monsieur Michiya Nakaune

料理人の総合力が問われる最高峰の料理コンクール「<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール」。

日本大会の優勝者にインタビューをする第2回目は、2001年第35回ピエール・テタンジェ国際料理賞コンクール日本予選で優勝し、パリの本選で3位になった中宇祢満也シェフです。昨年はフランス共和国より「フランス農事功労章 シュヴァリエ」を受勲されました。

後編では、パリ本選やその後のお話をお伺いしました。(前編はこちら


コンクール終了後に配られたリリース
(所属は当時のものです)

やり切って日本大会を終えて、パリ本選ではどのようなお気持ちで挑みましたか?

「パリへは優勝する気満々で向かいました(笑、冗談です)。せっかくここまで来たのだから悔いのないようにと思っていました。日本からは当時出版されたばかりの中村勝宏シェフの著書「フランス料理技術教本」を持っていきました。そして、10日間ほどパリ郊外にある「オーベルガード」というレストランで当時オーナーシェフだったM.O.Fジャン・ボルディエシェフの下で少し研修をしました。課題の1つがパンタードのシャルトルーズだったので、4~5回作って食べてもらって・・・ソースのかけ方なども教わりました。」

オーベルガードにて、ジャン・ボルディエシェフと奥様のミシュリーヌさんと共に。

課題はどうでしたか?

「実技審査前日に発表される課題が<肉>というのはわかっていたので、ジビエが出たら厳しいかなと思っていました。そして、前日に<カレダニョー>と発表されてからは、寝ずに作り方を書いて、時間配分など考えましたよ。『これでいいかなぁ』と思いながら。当時は12人前で、ガルニチュールも3つだから、36は作らなくてはいけなくて。パンタードのシャルトルーズもこれがまたけっこう時間がかかるのですよね。」

寝ずに考え、万全な体制で臨んだ実技審査ですが、ヨーロッパで研修されたことがなくて厨房の機材など使いにくくなかったですか?

「厨房はなんとなくわかりました。今ほどいろんな機材もなかったですしね。それにコミもいたし、『それやってね』って言えばやってくれるし、オーブンは中を触れば温度などわかりますしね。よくコンクールでうまくいかなかった人が『オーブンの温度がだめでした』って言いますが、使ったことがないのだからそんなことは当たり前で、経験やカンでオーブンを使えないとコンクールでは勝てないと思います。」

実技審査はどうでしたか?

「わりと本選では冷静に臨むことができましたが、前日に課題が発表されるから時間配分を練習できないのが辛かったですね。パンタードのシャルトルーズはインゲンとニンジンとダイコンをバトン状に切って、きれいに並べて、パンタードのムースを入れて・・・決して難しいことではないのですが、ムースを失敗してしまったら終わりだし、そうでなくても当時はこれを作るのに最低でも2時間はかかり、アニョーを3時間で仕上げなければならず・・・3時間を逆算していろいろ考えてやったのですが、思った通りにいかず少し失敗してしまったのですよね。『失敗』というほどのものでもなかったけど、『優勝は無理かなと思いました。』」

発表を待つ9人の代表者たち

それでも、世界第3位。テタンジェコンクールのコンクールで3位以内に入ったのは、当時日本人として3人目でした(1984年優勝堀田シェフ、1994年3位佐野文彦シェフ)。お気持ちはどうでしたか?

「もちろん、嬉しかったです!アニョーは失敗してしまったけど、パンタードのシャルトルーズは自分なりにこれは完璧にできたと思っていたので、おそらく賞がもらえたのだと思います。以前、佐野シェフ(現・株式会社プリンスホテル 湘南・箱根・伊豆エリア 総料理長)とお話する機会が何回かあったのですが、世界大会で第3位だなんてすごいなぁと思っていました。まさか自分が同じ舞台に立てるとは。

この時の1位はベルギー・ブリュッセルのシェフで、2位はポールボキューズのスーシェフでした。まだ24歳くらいでしたね。若くて優秀だなと思っていたら、つい数年前にテレビに出ていて料理長になっていました。当時、24歳の彼に歳を聞かれて『37歳だよ』と伝えたら『おまえ、じいさんだな』と言われました(笑) ひどいでしょ?(笑)

そういえば、授賞式の後パーティーや写真撮影などもあったから、当時は携帯電話も今ほど性能はよくなかったので、日本に連絡するのが遅くなってしまったのですけど、岸シェフは真夜中ずっと連絡を待っていてくれていたようで・・・連絡したときに『遅い!』って言われてしまいました。」

1位~3位の3人

コンクール後はフランスのどちらかに行かれましたか?

「コンクールの数日前にたまたま日本の知り合いのシェフたちがフランスに来ていたので、合流して南フランスの2つ星のレストランへ行ったり、ルーブル美術館で素晴らしい絵画に感銘を受けたり、とても楽しかったです。」

日本に戻られた後、3位になられたことで変化はありましたか?

「特に何も変わりません。むしろ自信がつくどころか、もっと勉強しなければと思いました。」

ロイヤルパインズホテル浦和に19年勤められたあと、2018年からホテルインターコンチネンタル東京ベイの総料理長に就任されました。苦労された点など教えてください。

「全体的なホテルの規模としては、インターコンチネンタルのほうが大きいのですが、料理人の数は一緒で、FBといわれるセクションでレストラン・宴会・婚礼の売り上げはほぼ一緒なのです。こちらに来た時、婚礼が年間700件。多い時は1日17~18件です。しかし、厨房は小さいし、作業性があまり良くなかったですね。もちろんできなくはないのですが、人をたくさん抱えなければならないようなシステムだったので、『よし、改装しよう』と思い、1年間で何が足りなくて何が必要なのか割り出して、作業の効率化や人員削減などを条件に社長にお願いして、今年の2月改装することができました。そのことが一番大きかったですね。」

今まで嬉しかったことはありますか?

「私はジャック・ボリーさんの料理が大好きでした。この人の料理は本当に美味しいなと。浦和にいるときに何度かロオジエに食べに行って、うちでフェアをやってくれないかとお願いしたことがあります。でも、『僕はそんなこと言われても、料理人と厨房を見なければやらないよ。』と言われてしまって。なので、浦和に来てもらって食べてもらって・・・そしたら『やってもいいよ』と言っていただいて、フェアを2004年にやってもらったことがあったのです。ジャック・ボリーさんと仕事が出来た事がすごく嬉しかったですね。」

昨年、フランス共和国より「フランス農事功労章 シュヴァリエ」を受勲されました。おめでとうございます。ご感想はいかがでしょうか?

「大変光栄に思っております。私がいただけるとは思っていませんでしたので今まで一緒に仕事をしてきた先輩、仲間、皆さんに感謝しております。今後更に微力ながら、フランス料理の発展に貢献してまいりたいと思います。」

今後は何かやりたいことはありますか?

「あとは人生下り坂なので・・・(笑)、ホテルを退職したら何がしたいかなぁ。自分の店を持ちたいというより、自分の店で仕事をしたいです。それまでは料理長になるような良い人材をしっかり育てたいと思います。」

2007年浦和ロイヤルパインズホテル、
エマニュエル・ルノーシェフとフェアを行った時(左端が中宇祢シェフ)

◆中宇祢 満也 シェフ

2001年フランス料理の世界大会「第35回ピエール・テタンジェ国際料理賞コンクール」にて世界第3位を受賞。
高知県の観光特使も務め、食文化のすばらしさを伝える活動も行っている。

【経歴】
1963年 高知県出身
1983年 大阪第一ホテル入社
1986年 守口プリンスホテル入社
1999年 浦和ロイヤルパインズホテル レストラン「アールピーアール」シェフ
2003年 浦和ロイヤルパインズホテル  総料理長就任
2018年 ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ 総料理長就任

【受賞歴】
2001年11月 第35回ピエール・テタンジェ国際料理賞コンクール2001 世界第3位受賞
2012年11月 日本食生活文化財団 銀賞受賞

【活動】
・日本エスコフィエ協会 理事
・フランス料理日本アカデミー日本支部会員
・トックブランシュ国際倶楽部 東日本地区 副委員長
・日本ラ・シェーヌ・デ・ロティスール協会 会員
・レ・ザミ・ド・キュルノンスキー日本支部会員
・クラブ・プロスぺールモンタニエ 日本支部会

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