Chemin du Gastronome
Les gagnants du Prix Taittinger Japon
コンクール・テタンジェの覇者たち

【第4回・後半】 下村 康弘 シェフ

Monsieur Yasuhiro Shimomura

料理人の総合力が問われる最高峰の料理コンクール「<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール」。

日本の優勝者にインタビューをする第4回目は、2008年「第42回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ジャポン」で優勝し、パリ本選では見事2位に輝いた、現在は株式会社オリエンタルランド フード本部 総料理長として活躍される下村康弘シェフです。

後編では、パリ本選でのお話と、これからの夢について語ってくださっています。(前編はこちら


そして、いよいよフランス本選へ。研修はされましたか?

「はい、中宇祢シェフと同じくパリ郊外の『オーベルガード』というレストランで研修をしました。格式のある昔ながらのキッチンですし、キッチンの使い勝手などはとても勉強になりました。レストランの昼休みなど自由に使ってよいと言われて、練習もできましたし、フランク・ボルディエシェフにも何度か試食してもらい、コメントをいただいたりしました。」

2週間前に「家禽」(家畜として飼育される鳥の総称のこと)というテーマが出ました。

「前日までテーマがわからないのはきついですよね。家禽の何がテーマになるのかいろいろ想像しましたよ。個人的にはピジョンが来てほしいと思っていたのですが・・・前日に食材の書かれた3枚の封筒から1枚を選んで、カネット(仔鴨)に決まりました。実はこの封筒を前日のレセプションで引いたのは私の妻です。私は心の中で『ピジョン(鳩)こい!』と願っていたので非常に残念でした(笑)。
妻はカネットを引いたことで満足気でしたけど・・・(笑)」
※レセプションに出席している方の中からランダムに選ばれて、その人が3枚の封筒から1枚を選びます。
※パリへはファイナリストの婚約者や配偶者も招待されます。

他の2枚の封筒にピジョンは入っていましたか?

「はい、入っていました。カネットとピジョンと・・・あともう一つは何だったかな?覚えていないです(笑)。」

ファイナリストの方々は、このテーマが決まってからが大変です。

「レセプションの後は食事会で・・・使用食材のリストを0時頃までに提出しなければならいないので、食事どころではないですよね。参加している皆さん、周りの様子を見ながらタイミングを見計らって席を外してルセットを書きに部屋へ戻っていましたよ。自分の使いたい食材が全てあるわけではないので、想定していた内容から修正しました。食事は早々に切り上げて部屋に戻って必死にルセット書いて、食材リスト書いて・・・ほとんど寝られないなと思いましたよ。」

前日は眠れなかったのですね。

「あ、いや、意外としっかり寝られました(笑)。」

朝は6時頃にホテルのロビー集合で実技審査会場に向かいます。

「朝早いですよね。私は荷物をキャリーに積んで転がしながら器材を運びましたが、フランスのリヨン代表(ポールボキューズ)の選手はフェランディの生徒の多くを助手として引き連れて車で運んでいましたよ。現地のアドンバンテージは多少ありますよね。すごく印象的だったのは、スイスの選手でした。ずっとヘッドフォンで音楽をきいて精神集中していましたね。」

アスリートと一緒ですね。

「はい、ある意味一緒だと思います。アルペンのスキー競技の選手は、競技前にルートを頭の中でイメージしたりしますが、そのようなことを私もします。コンクールの前夜は、必ず寝る前に料理の工程を一通り、頭の中でシミュレーションしてから寝ます。」

シミュレーションをしながらですか。眠りが浅くなりませんか?

「そんなことないですよ。そのほうが落ち着きますね。」

実技審査の順番も当日会場でクジを引きます。審査に臨む順番もどうなるかわからないのが大変ですね。

「一番早い番号を引きたかったのですが私は5番でした。順番はクジですし、思った通りの器材はないし、食材も日本とは違うし・・・でもそのような中でどうやって作っていくか、コンクールって適応力がものすごく大事だと思います。」

実技審査に臨む下村シェフ

中宇祢シェフも同じことを仰ってましたね。

「オーブンの感覚や芯温も、芯温計を使うのではなく自身の経験や感覚で分からないとコンクールでは勝てないですからね。」

コンベクションオーブン、一人一台はないのですよね?

「そうですね、なので私は『これは僕が使うから』と早めに伝えてキープしちゃいました(笑)。会場であるフェランディは小さい手鍋の数が少なく、順番が早い選手が使っていってしまいますし。5番目だともう全然手鍋なんて残ってないですよね。そこでも適応力は問われます。私は昔フェランディを見学したことがあり、ある程度の設備がわかっていたので、実技審査に臨むにあたってはその点でも良かったですね。」

フランスなど海外に留学しようと思われたことはなかったのですか?

「それはありますよ。フランスで働きたくて、ホテル在籍中にいろいろな星付きレストランに手紙を何通も送りました。その中の一件、ブルターニュの一つ星レストランから『来ていいよ』と返事があったのですが、『今月中に来てね』と言われ・・・しかしあまりにも突然すぎて会社から許可が下りませんでした。そこでそのレストランに『2か月だけ猶予をください』と送り直したのですが、返事はありませんでしたね。今月中にといっても、あと2週間くらいしか時間はなかったのですよ。立つ鳥あとを濁すわけにもいかなかったので・・・。」

それは残念でしたね。

「なので、長期休暇を取るたびにフランス行って、様々なレストランを食べ歩きました。スマホも無い時代でしたので、日本から国際電話で予約を取ったりしていましたよ。予約を取る際に、フランスの滞在先のホテルの連絡先を教えて?と聞かれ、日本から電話を掛けている事を伝えるとその度に驚かれましたね。」

渡仏することが多数あったことで、コンクールには落ち着いて臨めたのではないですか?

「そうですね、抵抗感はなかったですね。あとは、私がホテルを3つほど替わっていますが、どのホテルにもフランス人シェフがいたので、コミュニケーション取るためにフランス語の勉強もしていました。」

フランスで実技試験が終わった後のお気持ちはどうでしたか?

「いやぁ、ドッと疲れが出ましたよ。コミの子にはこれをやってほしいという作業の順番を最初に伝えていました。『私が指示を出せなくてもこの通りにやってね』と。コミの子が優秀だったこともありますが、かなり助かりましたね。最初の段取りは大事ですね。
試験が終わった際に、日本から持ち込んだ調理器具をプレゼントしていたら、他の選手に付いていたコミも群がってきましたよ。(笑)」

この年の発表式とその後のディナーはパリではなく、ランスのマルケットリー(テタンジェファミリーによって大事に手入れされているお城)でしたね。

「そうなんです!!実技審査が終わった後、そのままバスでの長距離移動となり大変でした(笑)。テタンジェのカーヴも見学しましたよ。」
※2020年第53回大会より実技審査の前日にランスのカーヴ見学・マルケットリー城でのお食事があります。

ランスにあるマルケットリー城

テタンジェのコンクールでは、レセプションから何から何までいろいろな種類のシャンパーニュ・テタンジェが振舞われます。

「すごく贅沢ですよね。こんな体験はコンクールの日本代表になったからこそですね。ここぞとばかりにコント・ド・シャンパーニュを沢山飲ませていただきました。」

マルケットリー城で授賞式が行われ・・・

「順位の発表は、下位から名前が呼ばれます。残り3名が残ったときに『あぁ!入賞が決まった。佐野シェフから言われていたけど、これで面目保てた~!』と思いました(笑)。その後3位の発表でも名前が呼ばれず・・・」

佐野シェフからはどんなお言葉を?

「佐野シェフの知り合いのシェフは皆さんパリの本選で3位以内に入っていたので、『ここで入賞を外さないようにね。』とプレッシャーをかけられました(笑)。なので、何が何でも3位以内に入らないと思っていました。」

見事2位以内に入ることが決定しました!

「もう同行したオリエンタルランドのスタッフは大興奮ですよ。結果は優勝ではなく、準優勝でしたが、日本人で当時準優勝した方はいなくて、歴代の先輩方を順位的に越えたことがとても嬉しかったです。2位でも満面の笑みでした。」

マルケットリー城での授賞式

この時、3位にはニコラ・ブジェマシェフ(現マンダリンオリエンタル東京料理長)がいらっしゃいました。

「そうです。まさかその後日本で会うなんて想像もしていませんでした!」
※ブジェマシェフの当時の所属先はオーベルジュ「リル」でした

帰国後、周りの反応はいかがでしたか?

「テレビ局や新聞社からたくさん取材が来たのを覚えています。パリに同行した妻が広報部員だったこともあり、スムーズに取材スケジュールは組んでもらっていました。」

左から審査員の堀田シェフ・奥様・下村シェフ

所属先は「オリエンタルランド」の「東京ディズニーランド」。テーマパークのキュイジニエが世界大会で準優勝されたということで、周りの方も驚かれたのではないかと思います。

「巷のテーマパークのイメージは、『料理』より『アトラクション』ですからね。実際私もこちらで働くまで、ファストフードではない、しっかりとしたフランス料理を出している店舗があるとは知らなかったですし(笑)。実は今、正直に言ってこのイメージを壊したいと思っています。」

どうしてもアトラクションやショーを優先して見たいと思うと、お食事にゆっくり時間をかける方は少ないかと思います。

「私自身もプライベートでパークに来るとワンハンドの食事で済ませてしまうことが度々あります(笑)。ですが、ここ数年パーク内レストランのプライオリティシーティング(レストランの優先案内受付)は早めに予約が埋まってしまうことも多く、パークできちんとした食事をしたいという需要は広がっていると感じます。」

オリエンタルランド フード部門の総料理長としての仕事はまだまだ続きます。今後の夢はありますか?

「まだ東京ディズニーリゾートでの食事は、『遊園地の料理』という認識が強いですよね。それを私はフレンチやイタリアン、和食、中華料理と同じように『パークキュイジーヌ』という新たなジャンルとして確立したいです。認知を高めるというか。遊び場としての軽食ではなくて、パークのテーマ性が盛り込まれた食を通じてのパーク体験価値の向上、ここでした食べられないテーマ性を盛り込んだ料理を展開させていきたいです。任期中にできるかわかりませんが(笑)、いまオリエンタルランドにいる若いキュイジニエたちはとても志が高いので、私が定年したあとでも引き継いでくれると思っています。そして、テタンジェコンクールにも出場して、優勝できるくらいの実力もやる気も兼ね備えているメンバーも多いいので、今後がとても楽しみです。」

―オリエンタルランドの中には若手育成のためのアカデミーがあると伺いました。

「はい、そうなのです。東京ディズニーランド創設当時からあります。ここでの研修期間が何日かあり、製菓も料理も基礎から学ぶことができます。もちろん、ブイヨンの取り方からやりますよ。」

東京ディズニーリゾートに来園される方々にはお伝えしたいことはありますか?

「実はパークでも軽食だけじゃない本格的な料理を出している店舗があることをもっともっと知っていただきたいです。レストランはたくさんあるのですが、スポットを当てられるのはポップコーンやチュロス、カレー、ハンバーガーばかりなので・・・軽食やワンハンドと言われる食事以外にも、一から店舗できちんと作り上げているものがあります。巷で流行っているものをそのまま取り入れるだけではなくて、ぜひ料理を通じてテーマパークの雰囲気や体験価値を感じてもらいたいです。

ショーやアトラクションも楽しめるように、コース料理でも1時間半で食事が終わるようなメニューもありますので、ぜひテーマ性のある本格的な料理も楽しんでください!」

パーク内レストラン「マゼランズ」の東京ディズニーシー20周年スぺシャルコース

パーク内にはたくさんの食べ物がありますね。全て監修をしているのですか?

「もちろんパークで販売しているものは食べ物・飲み物全てを試食・承認しています。コンセプトを作るチーム、メニュー開発するチームがあるので、そのチームのプレゼンから私は参加しています。いくつかのレストランの試食が重なると食べ過ぎで大変です(笑)」

テーマパークの総料理長、どんなお仕事なのかわかりづらいのですが、様々なことをなさっていることがよくわかりました。

「いろいろやることがあって、けっこう大変ですよ(笑)」

これからテタンジェコンクールを目指す若い方々にメッセージをお願いします。

「料理は皿の上に不必要なものを乗せてはいけないと思っています。メインにしても食材に合わせた考えられた調理法があり、ソースがあり、ガルニチュールも『このメインを引き立たせるために何が必要か?』という考えのもとで構成されています。例えば色味がさみしいから単に赤い食材を足すとか、皿のバランスが取れないから見栄えの良い何かを足すとか、それだけだと単なるプラモデルになってしまいますよね。料理を作るうえで、『なんでこれが必要なのか』という明確な理由・意味を考えながら作ってもらいたいです。そうすることで必然的に料理がかたどられていくと思います。良い料理ってレシピを見ただけで料理人の意図が伝わりますよね!!」

最後になりましたが、今までに「これは美味しかった!」と初めて感動した料理は何でしたか?

「小さい時に食べていた母のビーフシチューもとても美味しかったのですが・・・22歳の頃、初めてフランスへ行ったときに、フランス留学をしていた友人に薦められたモンマルトルにあった1つ星レストラン(ターブルダンベール)に行きました。そこのアニョーは今までのアニョーの中で一番美味しかったですね!!衝撃的でした。あの味は忘れられませんね。」

※アニョー・・・仔羊


◆下村康弘 シェフ

【経歴】
1988年4月 株式会社プリンスホテル入社
      東京プリンスホテル、大津プリンスホテル、横浜プリンスホテル
2000年4月 株式会社リゾートトラスト入社 エクシブ伊豆
2001年6月 株式会社オリエンタルランド 入社

現在 株式会社オリエンタルランド フード本部 総料理長

【料理コンクール受賞歴】
2003年 第10回メートル・キュイジニエ・ド・フランス
    ‘ジャン・シリンジャ―杯’ ファイナリスト(4位)
2004年 第38回ピエール・テタンジェ料理賞コンクール・ジャポン 第3位
2006年 第12回メートル・キュイジニエ・ド・フランス
    ‘ジャン・シリンジャ―杯’ 第3位
2008年 第42回ル・テタンジェ国際料理賞コンクール・ジャポン 優勝
2008年 第42回ル・テタンジェ国際料理賞コンクール・アンテルナショナル 準優勝

【加盟団体】
・一般社団法人日本エスコフィエ協会 ディプシル会員
・トック・ブランシュ国際倶楽部 会員
・ラ・シェーヌ・デ・ロティスール協会 関東支部 会員

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